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重すぎる都心の相続税「読売新聞」論点/平成5年10月

48歳の時の原稿ですが、今頃久しぶりに出てきましたので、アップしておきます。この記事がきっかけかどうかは分かりませんが、「居住用の部分と貸付用の部分があるマンションの敷地等については、その一部分に住んでいれば案分計算しなくてよくなりました。」
ところが平成22年にまた逆戻り、「居住用の部分と貸付用の部分があるマンションの敷地等については、それぞれの部分ごとに按分して軽減割合を計算する」となってしまいました。

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新聞記事の画像は古すぎて見づらいため、下記の印刷か、電子媒体の文字でお読みください。

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重すぎる都心の相続税

「読売新聞」論点/平成5年10月29日朝刊/48歳時原稿

重くて巨額な相続税の支払いができない都心部の住民が激増している。バブル時代は相続税納付のため、居宅や事業用資産を売却して相続税納付にあてたため、東京都心3区を中心として急激な人ロ減が続いている。

地価が下落しはじめた現在では、土地の相続税評価の元となる路線価格のほうが時価よりも高く、また土地売却もできないため平成4年の物納申請は五年前の31倍と激増し、金額にして1兆5645億円(前年比約2.7倍)、未処理の物納申請額は1兆9,000億円弱にもなるという。

先の政府税制調査会の基本問題小委員会で資産課税全般の審議が行われたとの新聞報道がある。その中で土地相続の場合の負担緩和措置の声が目立ったとあるが、一方で相続税の所得再分配機能を重視する立場からは課税強化を求める意見もあり、最高税率(70%)の引き下げに関しては賛否が分かれ、結論を持ち越した、と報道されている。

都心3区に偏っている我が会計事務所の関与先のたくさんの相続事例を見るにつけ、相続税負担の悲惨さは、筆舌につくし難いというより、あきれて声もでない。

30坪(1坪=約3.3平方メートル)の借地に住んでいた老夫婦(東京都港区居住)の主人が死亡。老婦人は借地だから自分には財産は無いと頭から信じている。その人に3,000万円の相続税額の通知をするのがどれほどつらくためらったことか。
86歳の亡き夫(東京都港区居住)の残した預金が39,874円、27坪の土地の評価が1億7,000万円、支払った相続税は1,600万円。年金と娘の援助で相続税を払い続けていくと言っていたあの体の衰弱しきった老婦人は今ごろどうしていることか?

戦前に印刷した自分の会社の便せんをいまだに使いながら、ツメに灯をともすようにしてためた5,000万円。国道に面した25坪の土地があったために、払った相続税が9,000万円。お父さんは何のために働いていたのかと涙ぐまれる。
裏道にある住まい30坪と隣接の工場用地150坪(東京都千代田区)の評価が12億円、相続税は8億円。創業50年の会社用地を物納しようと考えているが、会社をたたむのと、子供たちの将来の生活を考えるのに、物納執行を五~六年まってくれるのだろうかとの相談。

土地の有効利用をしようと、2階建ての店舗権住宅を六階建てのビル(東京都港区)して人に貸したために、小規模宅地の評価減を使える部分が少なくなり、相続税負担が1億円増加して寝込んでしまった商店主。

家が老朽化したので70坪の敷地の一部にアパートでも建てて老後の生活の足しにしたいと考えたが、居住用部分の小規模宅地の評価減を使う部分が減少すると、相続税負担が8,000万円増えるのでアパートをあきらめ、80坪の自宅を建てて2人で住んでいる老夫婦。戦後の日本の政治は、国民みんなで働いて得た財をいかに公平に国内に分配するかということだけに終始してきた。世界一高い相続税や、所得税がその再分配機能を果たしてきた。

しかし、都心の上記の事例は所得再分配というより、身寄りのない老人から住居を奪い、中小企業者の事業継続を断念させている。
地価狂騰時の過度な相続税対策防止の為の規制や、「土地は値上がりするもの」という前提にたって制度化された相続税法上の措置が、昨今の環境変化によって善良な市民を、将来の相続税納付という多額な潜在的納税債務者におとしめている。

4,000万円以上の不動産収入があり、実質的に事業的規模の貸しビル業を営んでいると思われるのに、5棟10室の形式基準を満たさないために、小規模宅地の7割評価減が受けられなかったケース。
相続開始前3年以内に1億円で取得した不動産は、その後の地価の下落で6,000万円(路線価は8,000万円)で取引きされていても、いざ相続が起これば課税ベースは「3年しばり」の取得価格評価となり、1億円の評価となる矛盾。これらに似た事例は国税不服審判所で係争中であり、我々職業会計人もその結果を注目している。

妻と子供2人の場合の相続税の基礎控除は7,650万円。これだと東京都心からの通勤時間40~50分のところに50~60坪程の敷地に住宅を持っているだけで相続税がかかる。死亡者の財産に課税される割合は全国ではわずか6.82%。東京都千代田区に住んでいると51.6%が課税されている。
都心に住む人間にとっては基礎控除の引き上げ等は関係無い。住宅用地等生活必須(ひっす)用地については面積控除等(いわゆる坪数控除)の措置が望まれる。

全国的観点からの税体系を考えると、都心居住者は恵まれたものと誤解され、無視されて意見も聞いてくれないが、親の代から住んでいる都心居住者は好きで都心にいるわけではない。都心居住者の問題というよりも三大都市圏居住者にとって切実な問題へと発展するはずである。